関 則雄 と Judith Rubin教授の対談 (1)
関 則雄 / 当法人代表理事
Judith Rubin / 元アメリカ・アートセラピー学会会長、同終身名誉会員
過去10年間の世界でのアートセラピーの発展

前回、2002年に東京でお会いした時、アメリカでのアートセラピーの歴史、特に70年代の黎明期に起きた奇跡について伺いました。
また、この先10年でどんなことが起こるか、お考えを聞かせてくださいました。
ひとつは、多くのアーティストとアートセラピストのコラボレーションが見られるようになるのではないかということでした。
もうひとつは、アートセラピーはメンタルヘルスの分野でのみならず、医療現場においても興味深い発展をするだろうということでした。
さて、今年は2013年、あれから10年が経ちましたので、今回の質問はこうです。過去10年間についてどうお考えになりますか。

アメリカではここ10年間、アートセラピーは成長を続けました。
それは免許制度のおかげです。
それによってアートセラピストは多くの場合(心理)カウンセラーあるいは結婚・家族セラピストやソーシャルワーカー、心理士としての免許を受けています。
また、いくつかの州ではアートセラピストとしての免許を受けています。すなわち、それは保険が適応されることを意味し、アートセラピストまたは彼らの雇用主が保険会社から支払いを受けることができるということです。
ここが、免許が検定証や認定証とは違う点です。単なる団体が発行しているものではなく、州政府あるいは連邦政府が発行しているものだからです。
医師や看護師、精神科医や心理士がみな免許制なのと同じように、アートセラピストも免許制になったということは、臨床を行なうために充分な専門的知識や技術を持っていると、州や国が認めたという意味です。

それはニューヨーク州のクリエティブ・アーツセラピスト免許のことですか。

それも含まれます。
でも、ニューヨークは他の州とはちょっと違っていて、ミュージックセラピストやアートセラピストをひとつのカテゴリーにまとめてクリエティブ・アーツセラピストと呼んでいます。
他のほとんどの州では、アートセラピストは(心理)カウンセラーの免許に含まれてしまっています。
このような免許の数は非常に多くなり、しかもすごい速さで普及しました。そのせいで、大学院のアートセラピー養成プログラムはカウンセリングの必須コースを設けなければならなくなりました。
カリフォルニアも変わっていて、結婚・家族セラピーの免許にアートセラピストが含まれています。まあ、現実的ではありますね。それぞれの州で、大学院はアートセラピストが実際に雇用され、保険会社から支払を受けられるような役職に付けるように養成プログラムを構成しています。
世界を見渡すと、また別の話ですね。アートセラピーが確実に国民健康保険でカバーされるようになったイギリスが一番進んでいる国ではないかと思います。

そういえば、あなたの監修されたDVDにもそう紹介されていましたね。

そうですね。イギリスではかなり認知されてきました。あのDVDにも出ているダイアン・ウォーラーもそれに大きく貢献しました。彼女が、メンタルヘルスの免許制度を決定する委員会の委員に選ばれたおかげで、アートセラピーも免許制の専門職に含まれることになりました。
それから、パオラ・ルザットを知っていますか?

ええ、彼女は、10数年前に私の働いていた病院に私を訪ねてきたことがあります。一緒に病棟でのアートセラピー・グループにも参加したんですよ。
彼女は当時私の出たプラットで教えていたので、大学の様子や教授たちのこと、彼女の授業のこと、日本のアートセラピーの現状など、病院の屋上で富士山を眺めながら語り合いました。
別れ際、これからイタリアに帰って、なんとアッシジの修道院の一角で癌で死を迎える人たちへのアートセラピー・プログラムを来週からスタートするんだって言っていました。

そう、そのパオラが組織したグループがヨーロッパにあります。
30名以上のメンバーで構成されていて、ヨーロッパの28カ国から一人ずつ参画しています。
グループの名前は「ヨーロッパ・ネットワークと研究会(European Network and Study Group)」と言います。
また、ECArTEと呼ばれる団体もあります。ECArTEとは、「ヨーロッパ・アーツセラピー教育協会(European Consortium for Arts Therapies Education)」の略です。
アートだけでなく、ミュージック、ドラマ、ダンスというふうに、すべてのアーツセラピーの組織です。基本的には、セラピスト養成を目的とした大学の集まりなのですが、他国の人と出会えることがひとつの魅力になっています。
そして、パオラのグループ「ヨーロッパ・ネットワークと研究会」は今、アートセラピーの中核カリキュラムを確立しようと腐心しています。
なぜなら、ヨーロッパのほとんどの国には、何かしらのアートセラピー養成プログラムがありますが、教育レベルは非常に異なっています。
イギリスやフィンランドのように洗練されたところもあれば、それほどでもないところもあります。
たとえば、ヨーロッパには、アメリカのAATA(アメリカ・アートセラピー協会)にあたるような加盟国すべてを総括するような団体がありません。
まだまだ、国によって発展段階はさまざまです。総括するような団体はまだありませんが、各国の主な団体はお互いにコミュニケーションを取っています。

ヨーロッパにはたくさんの団体があるんですねぇ!

ええ。とっても大きな一歩と言ってよいですね。
同様のことが南アメリカでも起こっています。それも非常に勢いがあります。状況は似ていますけどね。
たとえば、アートセラピストとして受けた訓練の程度も違えば、サービスの質も違います。開業する者もいれば、大学の養成カリキュラムがあるというふうに、かなりの幅があります。
ちょうど今、専門職としての基準を築こうとしている段階といえますね。
これまでに、複数の国が一緒になって、ラテンアメリカ・アートセラピー会議が何度か開かれています。いろいろな国から参加者が集まったようです。
これもあのDVDで紹介しています。
本当に驚きであるとともに、励みになりますね。

なるほど。
アーティストとのコラボレーションと医療現場

さて、アーティストとのコラボレーションと医療現場の質問に戻りましょう。
奇遇ですが、ワシントンD.C.で会議を開催しようと、ちょうど話し合いを持っている最中なんです。この会議では医療の分野におけるアート、ダンス、ドラマ、ミュージック、それからポエトリー(詩)のすべてを包括したクリエティブ・アーツセラピーに焦点を当てています。
というのも、Global Alliance for Arts and Healthcare(前身はSociety for the Arts in Health Care)という団体が、金曜日に終わる短い会合を開催しようとしているんです。
ですから、金曜日の夜から日曜日にかけて私たちも何かしよう、というわけなんです。
Global Alliance for Arts and Healthcareは、アートセラピストと(何かしらの機関に所属する)常駐のアーティストの団体なんですが、知ってますか?

ええ。
10年前のある会議で日本の団体のひとつが招待していたと記憶しています。

結構大きな団体なんです。
病院にとってはアーティスト一人を雇う方が、大学院卒後に2年間の実践訓練をこなし、スーパービジョンをたくさん受けたアートセラピストを一人雇うよりも、断然安上がりなんですよ、お分かりでしょう。
ですから雇用という意味での競争は激しいものがあります。でも、現場によっては両者が良好な関係でうまく連携して働いています。
そんな仲良く協力して働けるアーティストとアートセラピストやそういう人たちが共存して働ける場所を増やすことが私の目標です。
そういえば、私たちが開催しようとしている会議に含まれているふたつのモデルケースを知っているかもしれませんね。
ひとつはクリーブランド・クリニックです。もうひとつは、ニューヨークのマウント・シナイ・ホスピタルです。プラット・インスティチュートの卒業生でマウント・シナイに勤務しているダイアン・ロードには会ったことがありますか。

いいえ。

マウント・シナイのダイアンは、チャイルド・ライフ・スペシャリストに加えて複数のクリエティブ・アーツセラピストを雇用しています。
つまりアートセラピスト、ミュージックセラピスト、それから確か誰かポエトリー(詩)も扱っていたからドラマセラピストもいたかしら。彼らは皆、協力して働いています。
また同様に、クリーブランド・クリニックでは芸術医学インスティチュートという取り組みをしていて、常駐のアーティストに加えてアートセラピストやミュージックセラピストを雇用し、彼らの働きをうまく融合しています。
もちろん、両者の良さを活かして一緒に働かせるのは難しいことですよ。雇用という競争がある以上はね。

ええ、確かに終わりのない競争ですね。

みんな働かなければなりませんからね。病院だって予算に限りがありますから、誰を雇用するか決断しなければいけません。けれども時には興味深い方法でうまくいくこともあります。
たとえば、今度のワシントンD.C.でのシンポジウムに参加してくださるティナ・ラシターという女性アーティストのような場合があります。
彼女は、ワシントンD.C.にある国立子ども病院でクリエィティブ・アーツセラピー・プログラムとアーツ・プログラムを指揮しているなんですが、雇っているアーティストたちに、入院中の子どもたちが経験している苦しみについての繊細な理解がたりないと感じて、アートセラピストをもっと雇い始めたと教えてくれました。
その結果、今はアーティストがアートセラピストにスーパービジョンをしてもらっているとのことです。
私が思うに、うまく両者の働きが融合されているところというのは、そういうことが起こってきます。
経済的な理由であったりもしますが、ある意味、イデオロギーのぶつかり合いということも言えるかもしれません。
簡単ではありませんよ。
でも確かに起こっているんです。
何事も山あり何あり、ですね。自分たちを定義したり理解したりしながら、患者さんたちにとって最善となるようにしていくのです。

では、臨床現場でアーティストとアートセラピストが一緒に働くというのが、アメリカではひとつの潮流になっていると言ってよいですか。

そうですね。現場によってうまくいっているところとそうでないところがあると思いますが。
まぁ、言うなればこの世界は決断する立場にある人たちによって運営されているわけですから、先ほどの、イギリスでアートセラピストが専門職のひとつとして含まれた話も、そもそもダイアン・ウォーラーが委員会の一員だったからということになります。
同様に、病院であろうと、クリニックであろうと、どこの現場であろうと、どんな人がプログラムを指揮しているかで、アーティストとアートセラピストがどのように共同して働くことができるかが違ってきます。
本当に、誰が指揮するか、その人がどんなふうに捉えているかによりますね。
たとえば、クリーブランドのある病院では...実は、ちょうどミッキー・マックグローという女性の映画を製作し終わったところなんですが、彼女は手術後や脳梗塞を起こした人が行くリハビリの病院でアートプログラムを共同創設しました。
1967年当時、患者は今よりも長期にわたって入院していました。病院にアートスタジオなんてなかった時代に、彼女と精神科医はアートスタジオを始めるというアイディアを思いつきました。
アートセラピーの養成プログラムどころかアートセラピーという職業もまだなかった時代です。このアートスタジオはクリーブランドの病院内で、かなりの規模に成長しました。
また、その病院では常駐アーティストによるプログラムも行なっています。しかし、両者はうまくコラボして機能しています。
アートセラピー・プログラムのスタッフは常駐アーティストが患者さんの相手をするのをうまく組織しているのだと思います。
このように、多くのところでアーティストとアートセラピストがうまく共存しています。そうでないところもありますがね。

このような情報はアートセラピストだけでなく、アーティストにとっても興味深いものなのではないかと思います。

私も同感です。実際のところ、そういうことはよくあります。
アートセラピーの黎明期では、アートセラピーに足を踏み入れた人はたいてい皆、もともとアーティストだったわけですから。

ええ、まったくその通りです。
アートセラピーと高齢者のウェルネスグループ

私たちは皆そうやって始めたんです。常駐アーティストだった私たちに、誰かが患者さんと働くように頼んでくれたんです。
ほとんどの場合、精神科病院でしたが。
今日、アートセラピストの活躍の場は、医療現場だけでなく、刑務所やホスピス、民間事業やウェルネスグループなど広い範囲に渡っています。
ウェルネスグループは1960年代から普及しました。アートセラピストはそこでもアクティブに活動しています。

ウェルネスグループのことについてもう少しお話ししてもらえませんか、退職高齢者に興味があるので。
そのようなグループは、高齢者にとって人生を内省する良い機会だと思うんです。人生の意味とは何かを考えたり、アートグループを通してライフストーリーを制作したりというね。
カルチャーセンターでグループを行なったことが何度かあるんですが、あれは大盛況でした。たくさんの人たちが来られて、作品を通して多くの洞察を得ました。

そうでしょうね。そういう場所でもアートセラピーが広がっているようですね。私自身もその年代になりました。アメリカではこれまでになかったほど高齢者が増えています。

ええ、日本でも同じです。

医療は進歩していますからねぇ。より良い食料事情で、人々はこれまでより長生きするようになっています。ですから、あなたが高齢者に触れたのは、おもしろいですね。なぜなら、高齢者と働くアートセラピストが増えている分野には二通りあるからです。
ひとつは、アクティビティーを提供しているコミュニティーやシニアセンターなどの場所へ自分で来ることができる、元気で健康な高齢者のためのウェルネスグループですね。
アート教室はたくさんありますが、あなたの言う、アートセラピストとともにライフストーリーを制作するというのとは違うと思います。
アーティストによる教室であったら、水彩絵具の扱い方を教わったり、高齢者は技術的に新しいことを教わったりします。
ところが、あなたの言うように、アートセラピストによる教室では、老いていくとは何かを考えさせられたり、人生を振り返ったりということをします。
高齢者と働くアートセラピストが増えているもうひとつの分野は、ナーシングホームです。
まだまだ元気な高齢者が健康を失った時に介護してもらうことを考えて入居するようなAssisted Livingと呼ばれる施設なんかは、アメリカでは非常に速く広まっています。
このような高齢者の入居する施設を総称して、リタイアメント・コミュニティーと呼んでいます。
それにしても、ボビー・ストールとハリエット・ウェイドソンの二人とも、現在ではそういうコミュニティーに入居しているわけですからね。
そのような場所では、年をとるにつれ、認知症やアルツハイマーになる人もあります。そしてそれは大きな問題になってきていて、重度のアルツハイマーの人々が住む特別な施設があります。
ですからアーツセラピーも、このような施設に浸透してきています。
すばらしいことですよね。こう言うのも何ですが、とくにミュ-ジック・セラピーはね...。

ええ、同感です。

そう。ミュージックセラピーは、かなりひきこもった状態の人々にでも、また、話すことはできなくなったけれども意識を向けることはできるという人々には、届くんですよね。 とくに音楽のようなものは。
昨年11月にEMI (Expressive Media Inc.)を通じて、私たちは「アーツセラピー(諸芸術療法)と神経科学に関するシンポジウム」のスポンサーをしたのですが、発表者のうちの数人が脳梗塞やアルツハイマーのような神経系疾患に苦しむ高齢者とアーツセラピーをしていました。
アーツセラピーにはどんなことができるのかを見るのは本当に楽しかったですよ。しかし、繰り返しになりますが、アーティストが高齢者に同じようなことを病院でするということもあるわけです。
多くのミュージシャンがそういう状況で自分の演奏をしたがっています。そんな中で、競争するのではなく協力していく方法を見つけ出していくことこそがチャレンジです。 (2013年1月14日)
訳 長坂剛夫
(つづく)